企業価値担保権とは何か? 社長が知っておくべき7つのポイント
2026年5月から、「企業価値担保権」という新しい担保制度の取扱いが始まります。
会社の総財産――将来生み出すキャッシュフローやノウハウも含めて――をまるごと担保にとる制度です。
銀行融資の常識をくつがえす画期的な仕組みですが、「うちには関係ない」と思っている社長も多いのではないでしょうか。
ポイントを対話形式で解説します。
1.普通の借入とは何が違うのか
社長「企業価値担保権って、要するに何なんですか。」
安田「ひと言でいうと、借入というより出資に近いです。」
社長「出資? 借金なのに?」
安田「これまでの融資は、不動産のような『資産』を見て貸していました。この制度は、会社の『将来の収益力』を見て貸します。投資家が株式に出資するときの考え方と同じです。」
社長「つまり、銀行が会社の将来性に投資するということですか。」
安田「そうです。ただし議決権は持ちません。銀行が株主になるわけではないので、経営権はそのままです。」
2.経営者保証はどうなるのか
社長「社長の個人保証は必要ですか。」
安田「必要ありません。会社の全資産を担保に入れるわけですから、社長の保証は外れます。粉飾などの不正がない限り、個人保証は制限されます。」
社長「それはありがたい。ただ、何か縛りはあるんですよね。」
安田「役員報酬の制限や、銀行への定期的な報告義務はあるでしょう。すべてを開示する代わりに、個人保証なしで借りる。そういう取引です。」
3.返せなくなったらどうなるのか
社長「これが一番気になります。返済不能になったら、丸ごと持っていかれるんですか。」
安田「その通りです。ただし、会社は生き残ります。」
社長「どういうことですか。」
安田「返済不能になった場合、管財人が選任されて、裁判所の監督のもとでスポンサーへの売却が進められます。資産のバラ売り(競売)ではなく、M&A(事業譲渡)です。」
社長「会社ごと売られるわけですね。」
安田「社長は経営権を失います。しかし、事業と雇用は守られます。これを『乗っ取られる』と捉えるか、『救済される』と捉えるかは、社長の考え方次第です。」
4.複数の銀行と取引できるのか
社長「今うちは3行と取引していますが、この制度を使うと、どうなりますか。」
安田「実質、一行取引になります。会社の全資産・事業を担保に入れるわけですから、複数の銀行との取引は困難です。メインバンク一行に絞られます。」
社長「それはちょっと怖いですね。」
安田「その通りです。だから、すでに無担保で融資を受けられている会社が、あえてこの制度を使う理由はありません。」
5.どんな会社が対象なのか
社長「じゃあ、どんな会社がこの制度を使うんですか。」
安田「大きく3つあります。」
(1)有形資産を持たないスタートアップ企業。不動産がなく、銀行から1円も借りられないパターンは珍しくありません。事業の将来性を評価して融資する仕組みが必要です。
(2)事業再生に取り組む中小企業。リスケを続けるだけでなく、銀行と二人三脚で抜本的な再生を目指す形です。
(3)銀行が手厚く支援すれば大きく伸びる会社。資金調達がボトルネックになっている成長企業です。
社長「うちみたいな普通の中小企業には、あまり関係なさそうですね。」
安田「いまの段階ではそうです。ただ、この制度の背景にある考え方は知っておいて損はありません。」
6.銀行はどうやって稼ぐのか
社長「銀行がここまで手間をかけて、金利だけで採算が合うんですか。」
安田「合いません。だから、金利以外の収益で稼ごうとします。」
社長「たとえば?」
安田「バックオフィスの業務委託、人材紹介、M&Aの仲介、コンサルティング。最近の銀行は子会社を通じて様々な事業に取り組んでいます。支援の見返りとして、そうした手数料収入を求めてくるでしょう。」
社長「銀行が経営に深く入り込んでくるわけですね。」
安田「うまく使えば会社にとってもプラスです。ただ、銀行のペースに巻き込まれないよう注意は必要です。」
7.この制度が意味するもの
社長「結局、企業価値担保権の本質は何なんでしょうか。」
安田「金融庁がメインバンク制の復活を目指しているということです。」
社長「昔の話ですか。」
安田「かつての日本企業は、メインバンクと一蓮托生で成長してきました。銀行は危機の際も見捨てず、企業もすべての情報を開示する。企業価値担保権はその究極の形です。」
社長「昔と同じということですか。」
安田「昔との違いは、『経営者保証なし』という点です。社長が個人財産を差し出す必要はない。その代わり、会社の情報をすべて開示し、返せなくなったら経営権を手放す。これが新しいメインバンク制の姿です。」
社長「なるほど。いますぐ使う制度ではないけれど、銀行融資がこういう方向に動いていることは頭に入れておきます。」
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